白雪

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白雪 > 脳天めがけて鉛玉は、真っ直ぐな廊下を渡っていく。物語の締めくくりとしちゃああんまりにも陳腐かもしれないが、いわゆる走馬燈って奴が彼女にも訪れるのだ。カウントダウンが始まる。五──────『……クラスで誰が一番可愛いと思う?』黒いローファーが、教室の近くの廊下でぴたりと止まる。『白雪とか結構美人じゃね?』『あー、女王様ね。でも付き合いたいか?』『いやー、背高すぎるとさぁ。こっちがチビみたいじゃん。』『まあなー。』『俺洋モノで抜けないんだよ。』『関係あるか!?』『ロリコンって事だろ。』思春期の男の子達の下衆な談笑が教室の外に響き渡っていた。黒い靴の女はそこから逃げ出す事もなく、隠した耳でそれを聞いてだんまり立ち尽くし。ルクレルク人と日本人の混血である彼女は運良く奴隷階級ではない戸籍を持っていた。差別というものがこの世に存在する事は知っていたけれど、どこか違う世界の話のように感じて居られるほど恵まれた出自だった。 ルクレルク人の血は劣性遺伝だったのだろう。成長するにつれて尖った耳はなりを潜めて、けれどその美貌だけは受け継いで。狡い程に恵まれていたはずだった。だからその後に息を切らしてやってきた小さな友人が言った『ゆきちゃんっ、聞いて聞いて!健康診断で身長測ったらねぇ、3センチも伸びてたんだぁ、えへへっ』なんて悪気のない言葉に心を痛めて、人種なんて大きな問題じゃなく、どうして自分はこの友人みたいに、可愛らしくはないんだろうなんて、くだらない悩みを抱えていられる普通の女子高生でいられた。四───────『今度のイベント、女の子達みんなチアの恰好してもらおうと思ってる。髪型もポニテで統一ね、宜しく!』綺羅びやかなホステスクラブの閉店後の待機所で、黒服がその場にいる全員に告げた。18になった雪は、自分が輝ける場所を探してそこへたどり着いたのだろう。シンデレラですら小さい足がなければ王子様と結婚できなかった。大きな足の姉たちは、踵と指を切り落とされて無様に敗北を晒す。それでも、こと夜の世界においては背が高くて顔立ちが派手で自信に溢れているほうが持て囃されたから。小さい視野に収まっていようとはせずに、自分の身体を愛そうとして、好きなものより似合うものを着た。だけど。(……耳……隠せないな。)髪を上げろという命令には従えそうもない。潮時だ、何も言わずに辞めて次の店へと思ったのだけれど。『やだぁ、顔でかいのばれるじゃん!あーあ、雪はいいよね、顔が良いからなんでも似合っ……─────』待機所のソファでぎゃあぎゃあと騒いでいたホステスの一人が、ふと雪の髪に触れる。思わず手を払い除けようとしたが、彼女の信じられないという軽蔑した顔を見るに、どうやら一歩遅かったようだ。やがて皆が冷たくなり、とうとう『劣等種専の店に行け』と言われた時はこれが差別かと思った。( 参───────『雪、まてよ!……俺も店、辞めてきた!』『これでもう黒服と嬢でもなくなったし!』冴えない黒服のうちの一人が追いかけてきた時は驚いた。自分なんか眼中になさそうな、こいつもか弱い女が好きな男だと思っていたのだけど。『人種を理由に辞めさせるとか、なんかほっとけなくて……』そう言って、男は雪を抱きしめた。それから家に転がり込んで、付き合っているという共通ん式を得るのにそう時間は掛からなかった。何処かには愛してくれる人がいるのだなと思った。徐々に自分を好きになっていった。 仁───────そんな細やかな関係が破綻したのは、私の嫌いな、ピンクと、リボンと、フリルと、レースが似合う、童顔の、処女の、小さい、おろかな、思わず守ってあげたくなってしまうような、弱い、弱い、弱い、弱い弱い弱い弱い弱い弱いルクレルク人のせいだった。『───────別れよう。』不貞の現場を見られた後、彼はあろうことかそう口にした。ああいうのが好きなのか、と問い詰め続けるうちに。『……そうだよっ……そうだよ!!』開き直るよう、激昂した。『お前は一人で生きていけるじゃないか自分に自信があるんだろ!?いいじゃないか、俺じゃなくていいじゃないか、それなら。あの子はそうじゃない、俺じゃないとだめなんだ』彼は彼なりに、手に入れた新しい幸せを邪魔されないよう必死だったのかもしれない。
『ルクレルク人だからお前に同情したのに、守ってやろうと思ってたのに。』可愛げってものが足りなかったんだろうか。甘えたり弱みを見せたりしないように努力したのは、かえって彼を不安にさせたんだろうか。でも、それこそ私じゃなくていい、と思っていたのだけど。結局のところ、『ああいうのが好き』の一言に帰結するほかないのだろう。人の趣味など責めようはない。『……雪?』『やめろ、待て』『待てっ、変な気起こすんじゃねえよ、放せその物騒なもんを、放せっ……!』彼は包丁を手にした雪に怯える目を向けた。鮮血が包丁を染める。『………っひ…………』──────その場で切り落とした両耳と包丁とを床に投げるようにして彼にくれてやり、雪はその部屋をあとにした。店の女の子たちは、正しかったのだ。歴史なんて関係ない。同じ土俵で戦ってきたと思っていたのに、【ルクレルク人(可憐なる悲劇のヒロイン)】の登場で引っ掻き回されたら、狡いと思うのは当たり前なのだ。ルクレルク人の一番の罪は、美しい容姿を持ちながら悲劇を体現するその都合の良い、グロテスクなまでのヒロイン性だと悟った。彼の事をそこまで愛していた訳じゃない。浮気くらいで人生は狂わない。逆立ちしても手に入らないもの、純粋さや少女性、不可逆なもの。それを彼女が持っていた事、それをみんなが求めて止まない事が───────地獄だった。それだけのこと。壱───────『それで、その人なんだけど。もうすげえらしいのよ、ルクレルク人局員への態度ってか仕打ちってか……』アルマデル第八支部。そこでも雪は、氷の女王を異名をとった。周りが思春期の猿だったからではないし、見た目で判断するような浅はかな人間ばかりだったからじゃない。雪は、そう呼ばれるように振る舞う事を厭わなくなっていたのだ。奴隷階級やヒロインめいた女につらくあたる鬼上司が、氷の女王でなくてなんに見えるか。そうとも、世界がそれを望むなら、それだけが贖罪になるのなら、ヴィランを貫き通さなければ今までの人生はなんだったんだと。くだらない噂を立てる局員にちらりと目をやる。聞こえているぞ、と威圧してやるつもりだった。『へー、おっかねえなあ。』……けれど、素通りされて、おや、と振り返る。局員は軽く会釈をするだけで、噂話を続けながら遠ざかっていった。『……まあ、さすが神聖血統サマってところだねぇ。』あの人を見つけたのは、そんなきっかけだった。「……とう──────……」その心根は醜く、狭く、自己中心的で。そしてまだどこかで縋る先を求めたんだろう。鉛玉は後頭部に命中し、何かが爆ぜた反動で耳を覆い隠したベールはずるりと落ちた。あの人が本当にルクレルク人が嫌いなら、これ以上心を引き裂かれる事はない。愛してくれる訳もない事は知っていたけれど、安心して拠り所にできた。ルクレルク人だと打ち明けたら自分に罰を課してくれるだろうかなんて、卑しい期待を秘めてなお氷の女王として振る舞う事こそ、辛く苦しい贖罪になり得た。「………ま………」  彼女にとっても【都合の良い】矛先でしかなかったあの人への執着が高まったのは、ルクレルク人を傷つけたという報告書を読んだ後の事。メランコリックに感染した後の事。子宮を潰され犯された後の事。死んでも良い程愛してるなんて、心にもなかったはずなのに。口に出してしまった言葉ってものはどうしてこうも偽を真にすら、ひっくり返してしまうのだろう。あの人を裏切り者だと決めつけて、自分が【裏切り者のふり】をしてでも注目をひいて守ろうとしたのは。ああ、結局のところ………… 

 事切れる。死人は言葉を持たないが、その口はいつものように、笑っていた。次は、円澪があの人を守るのだ。注目を集め、あいつが裏切り者だと指を刺されて、だあれもあの人に気が付かない。……それで良かったのかなんて 

 神すら知らない。〆 (1/16 21:50:36)