円 澪 >
『謀月……。欠片に過ぎないとはいえ、資料によると死亡者も多い個体であることは間違いありません。当然、何が起きるのかなどわかりませんので、そのように。』謀月の研究。それは蒼い月の夢として現れる。そうしたら月光を浴びぬようにせねばならない、さもなければ「ひっくり返り」誰かを殺害しなければ二週間以内に自分自身の身体が裏返り死に至る。というような概要に目を通しながら、彼、とも彼女、ともつかない神の欠片のおわす一室を前に、一度立ちどまる。何の変哲もない歩き慣れた廊下。何か見るべきものがあるようなこともないはずなのに、足を止めた。適温とはこのくらいだろうと肌でわかる、湿潤として重量を伴った空気が僅かに眠気を苛む中で。『覚悟を決める時間くらいは、差し上げたい。それと……何か、このカミサマを研究したい動機などございましたらお聞きしたい。もし万が一、このカミサマのもたらすような現象が起きてしまえば、おそらく____いや、皆までは避けますが。』それはある意味、遺言を聞くと言っていた。本来ならいちいちこんなやり取りは無用だろう。しかし、彼女の身体の状態からして、ただならぬ要件が近日のうちにあったことは明白だ。だから、こういういちいち無用な言葉のやり取りを大事にしたかった。それは同情か、と言われたら同情だ。憐憫か、と言われたら憐憫だ。だが___どうしても、要らぬ時間だとは思えなかった。 (1/21 21:04:59)
雨夜鳥 志乃紀 >
『覚悟を決める時間くらいは、差し上げたい。それと……』「んー……、」(君に倣って立ち止まった少女は君に振られたそんな話題に逡巡し、小さく目を閉じ考えた。君の胸中は彼女は知らない。君自身が死んでしまう可能性を、綺麗さっぱり排除したような物言いだと小さく小さく訝しんだのなら──もっとも、君が死ぬことがあれば代替の器たる彼女が身を差し出して蘇生することは明白だが、それにしたって──彼女は小さく、その喉に生唾を押し込んだ。)「とくに、これといった理由は、その、ないんだけど……このあいだ、ね、」(にへ、なんて小さく小さく彼女は笑い、そんな適当らしい言葉を並べ立てる。)「夢を、みたの。月の、ゆめ。」(道に迷った夜のこと。子猫を追って遊び疲れて、帰りのバスで夢をみて。)「でね、その。……”見ちゃった”、の。」(そしてその日の夜、彼女は月を見上げたの。)「だから。」____私は既に、このカミサマに曝露している。彼女は君に、そう告げた。「お願いが、ね、あるの。」(彼女は君が立ち止まった扉を開き、君より先に足を踏み入れることが出来たなら。中に設置されている監視カメラ及び録音機器を手に取って、君にも見えるように操作を行い、確実にそれらのスイッチを入れた。)「”わたしは、人をひとり。殺さないと、いけないの。”」(こつり。小さく彼女は音を立て、記録機器を規定の位置へ置き、彼女はそうやって君に話す。)「わたしは、代替の器で、蘇生が出来る。いま、記録機器もスイッチを入れた。」「……、あのね。」「わたしに、ころされて、くれませんか。」(少女の瞳は、不安げに揺れている。)(1/21 21:31:45)
円 澪 >
『死人に口なし、とはよく言いますが、目も鼻も腕もありませんからね。私が今死んだとして、貴女が蘇生してくれるかどうかなんて保証は用意できない。記録する装置にしたって、死んでからなんらかで破壊する、情報を消去させるような場合もこの場合想定できる____違いますか。』死んだ以上は結局、話が違うなんて叫べないし、何をしているのかなんて目で見ることは出来ない。アルマデルにおいては、それこそ能力なり個々人の技術、権力、聖遺物。信用をいくらしたくても、出来なくなるような。物理的な証拠や信用をひっくり返す情報が余りにもあり過ぎる。『信用できない。と、回り道は合法とは言えませんから率直に口にしましょう。しかし、今危害をいきなり加えていたりする訳でもない、貴女を必ずしもこの場合速やかに殺したり殴り倒したりする必要も同時にない。殺人鬼じゃないしネ。』だから、一旦死ねなんて言われても首肯はできない。一旦のはずが永眠になりそうなものだ。しかし、白雪の場合とは今回異なるとしたら、実際被害をもたらし得るカミサマの症状___という言い方が正しいかは知らないが____が根拠としてあり、襲われたりした訳でもない。だから、信用できないことがいきなり手を下すことにはならないのだと、一回断っておく。こんな相談をするのには自分が危険というリスクもある、と考えるくらいはしただろうからが二割。刺激したりしたくないのが八割という気持ちで。多分ここの辺りまでを述べて断るとか、そうした話なら有り得そうだし、聞いた瞬間知らないと走り去る人間もいそうだ。ここまでは誰にでもある回答。そしてこれは、円澪のみにある質問。『私に命を懸けさせるだけの何かを、用意できるならば話は聞きましょう。もとい、私が死んでもいい感じに世間が解釈してくれるような、 emotional な動機を聞いておきたいんです。貴女は逆に聞きますが____何のために私を殺して、それからあるいは私を殺した後腕なり足なりを失くすとしても生きていたいのです。はっきり言って、足2本や腕2本ない生活は悲惨な気がしますが。』『……私、死ぬ自体は一旦でも永眠でも構いません。ただ、その死を邪な理由で使われるのは気に食わないし、大したエピソードにもならないのは最も論外だ、ということ。ああ、私が納得出来たら蘇生も無用だ。死体処理まで全てご協力致します。』命を捨てさせたいなら、それらしい嘘かそれらしいエピソードを用意しろ、と口にしている。反対にそれさえあれば、蘇生など不要であると。死体云々殺害云々で彼女が疑われないようにすると述べた。)(1/21 22:02:15)
雨夜鳥 志乃紀 >
(最終的に範囲1メートルのものを裏返す効果があるカミサマの実験室ですから、きっとそれなりのスペースも、かけらを分解するような器具やテーブル、それに誂えた小さな椅子なんかも、きちんと用意されているのでしょう。)「……、そう、ですね。その通り、です。」(一旦少し、座りましょうか。声に出さないまま少女は君にそう投げて、自身も椅子に腰掛ける。シャーレの中に入れられている月のひとかけらを少女は手に取り、それをあやしながら彼女は少しずつ言葉を吐いた。)「……きっと。」(少し慣れない丁寧な口調は、君に対する彼女なりの最大限の礼節だ。)「だれでも、良いんです。本当に、だれでも。ただ私は死にたくなくて、でも誰かを殺す、ことも……。」(少女の手の中で、青いかけらは淡く光を放つのでしょう。やわく、淡く、そして冷たくも暖かく。硬質のそれは彼女が爪でひっかいても削れることはなく、ただ小さくかり、と音を鳴らす。)「たいちょ、えっと。円、さん、もおっしゃったとおり、こんな話はきっとだれも助けてくれない、信じてくれない。……人望があったとして、も、”うらぎりもの”がいるから、そんなのは関係無くて。」(きっと聡明な君にとって、彼女の話し方はあまりに稚拙で曖昧で、要領を得ないだろう。余計な間と余計な躊躇い、紆余曲折は迷子の子供の様に不安定だ。)「わた、し……、わたしが生きていたらきっと沢山、蘇生できるし、組織の為、だし、……っ、それに、だって、……わたし、」(……それでもきっと少女は、なんとか必死に言葉を探す。)「やっと、やっとね、……、さみしくて、しにあ、かった、けど、……、やっと、」「やっと、やりたいこと、が、できたん、です。」(かつて愛した人と。かつて守れなかった後悔と、その弱さ故の希死念慮と。彼女は漸く彼らを過去と切り分けて、前を向くことが出来た、から。)(その焦りと嗚咽の中に、君は彼女の、『しにたくない』という、確かな生存欲求を認めることが出来るだろう。)「……しにたく、ない、んです。……、ごめんな、さい、」(ぽつりとこぼれた滴はかけらのうえで小さく割れ、そっと青い光を濡らすのです。)「……、やっぱり、いい、です、ごめ、なさい。」(こんな私利私欲にまみれた言葉じゃあ、きっと君を説得なんて出来やしないだろう。彼女はかってに諦めて、月のかけらをシャーレに戻した。)「ふつうに、けんきゅう、しましょう。」 (1/21 22:32:43)
円 澪 >
『……どうぞ。弾は9発、1発で頭を撃ち抜きなさい。ああ、必要な記録などあれば、今のうちに仰っていただければ協力しますよ。』護身用に身につけている拳銃を彼女に押し付ける。それはすなわち、やれ、という意味だ。『頭を狙っても、まれに一発では死んだりしないですから。鼻から丸く円を書いた真ん中を狙ってくださいね。九割九分、頭を狙えば即死はしますけれど、稀に生き残ってしまうどころか頭蓋骨で軌道が曲がって軽傷だったりする事例がありますから。』淡々と、しかし熱っぽく。何かブレーキの切れた乗り物が坂道を加速していくように、急くように人の殺し方を説明する。彼女の説明なんて最初と最後しか聞いていない。それが誰かのためであり、自分は生きたいが不幸にもそれが難しいということ。その情報さえあるなら、はっきり言って真ん中はどうでもよかった。エゴイズム、というならその通りだ。自分のために少女の涙を踏み潰し、今から自分に迫り来る死亡(ゴール)に気持ちが湧き上がって仕方がない。万歳三唱を月に歌いたい。彼女の苦しみにバンザイ、悲劇にバンザイ、それを抱いて今死ねる私の_____解れそうな儚い善意に対してもバンザイ。ああ、やっと。やっと私らしい、生存(しっぱい)を繰り返した私らしく死ねるのだ。『後、こんな場所で殺したら貴女が疑われそうですから、ちゃんと私が同意したのだと、誰かが聞いてくれるようなもっと往来の真ん中とかはいかがです?遺言とかは……どうしよう、メモしておいたパソコンは証拠として調べられていますし、アドリブ力しかねぇなァ!』『後、何したかったんだっけ……死に際に武器とか思い出のものを、託すやつ!なのでさっき言ってた殺し方だとか覚えて、残りの弾丸は大事にご利用を。』それはまるで、映画の撮影会。文化祭の最終日。これ以上ないというほどにニコニコと笑って、あれやこれやと頭を悩ませながら、貴女の悲劇を一個の喜劇へと変えてしまいそうなほどの躍動だった『あ、今急いでカメラ切ってくださぁい!舞台裏は残しておいたらめちゃくちゃダサいので!』希死念慮が鬱屈としているという決めつけは、これまで一番人を殺してきたことなんじゃないかしら。 (1/21 22:49:28)
雨夜鳥 志乃紀 >
(滴をこぼしたその瞳は一転。)『ああ、必要な記録などあれば、』『鼻から丸く円を書いた真ん中を狙ってくださいね』『遺言とかは……どうしよう、メモしておいたパソコンは証拠として』(彼女の吐いた君を殺す理由は酷く傲慢でエゴにまみれた汚いものだった。糾弾も罵倒も、失望も受け入れるつもりだった__にもかかわらず。君はそんな風にあまりにも嬉々として、君は彼女に、君の殺し方を説くのですから。)「……、こわ、く、ないの。いや、じゃ、ないの。……ですか、」(君から受取った銃を力なく握りしめ、彼女は君の最期にそんなことを尋ねるでしょう。生きたいのだと、死にたくないのだと泣きながらに君に死を強要する彼女が、こんなことを言うべきではないのでしょうけれど。彼女が蘇生するとしたって、撃たれる痛みも悲しみも恐怖も、消えるわけではないのですから、それは明らかな”異常”だ。)「ごめ……、あり、がとう。ござい、ます」(大きく深呼吸をしたのなら、じくじく痛む心臓を押さえつけながら彼女はゆらりと立ち上がり、カメラにそっと手をかけて。電源を切るふりをしてから自身のカーディガンをそっとかけ、録画中の光が君から見えないように工夫して、彼女は君の前に立った。)「データはよんだ、けど、きっと100%じゃない、から、一応なにもないところ、で。」(彼女らの周囲の1mになにもないように調整し、彼女は拳銃を両手で握りしめた。銃になれてや居ませんから、照準がぶれないように脇を固め、鼻の中心に銃口をぴったりと、押しつけて。)「まどか、さん、ごめんなさい、痛いけど……、すぐだから、ね、」(許しを請うように、君にだけ聞こえるような小さな小さなかすれた声で、少女は小さく泣くのでしょう。)「ありがと、ござい、ます。」(その空間に発砲音は鳴り響く。)(彼女の周囲は”裏返らない”。) (1/21 23:21:17)
円 澪 >
『………ば…』円は先に申告した。場所も上手い具合にする、死体処理だって考えるし、必要な証拠なら皆残しておくからと。その辺の段取りやら、最高傑作と言っていいだろう遺していく家族や仲間に宛てる悲劇的なセリフやら、もし彼女が罪悪感にかられて____というか、普通に打ち合わせ通りなら____蘇生してしまった際にかける言葉やら、それをその間に"""詰める"""予定だった。思ったよりも全然に早く脳幹を吹き飛ばすための銃口が来て、引き金を引かれてしまったら元の木阿弥。円が憧れたヒロイックな死は、仮に仮初だったとしたってそこに起こりえなかった。『言い終わって、ないじゃん__』だから、くだらない長セリフもくだらない回想もくだらない死に方__円の考えにあった、おもしろく刺激的な死に方ではないもの___が故にカットだ。思い起こそうとしたこと、何やら呟こうとしたこと、何もかもを終わる前に全てが終わる。あれだけ口にした仲間のことなんて、家族のことなんて、誰かのことなんて、自分のことなんて。一ミリもない。皆枝を切るように剪定して、バッサリだ。何の価値なんてないし、エピソードなんて無い。無意味で間抜けな死亡だけそこにあった。彼女は今生きている。円は死んだ。それ以外に何も残ることなんてなかった。だから、安らかな顔なんてしていない。納得もしていない。歯茎が半分だけくり抜かれて、脳みそをぶちまけて、下顎付近が火傷だらけになって。脂肪がだらりと黄色いなんらか虫の卵のように………気持ち悪く存在しているだけだ。 (1/21 23:37:55)
雨夜鳥 志乃紀 >
『言い終わって、ないじゃん__』(君の最期の言葉はそれだった。彼女自身君に最期の言葉をきちんと聞く余裕はなかったし、そもそも聞くつもりすらなかった。判断が鈍ってしまう。そう思ったからだ。)「っ、う゛、ぇ……、」(彼女は医療班だからそれなりに人のやけどや体液は見慣れているけれど、神経や骨が複雑に絡み合う顔面のそれなんかは、彼女だって見たことはなくて。口元をおさえよろけた彼女はお守りを求めてカーディガンに手を伸ばし、カメラの事など気にもしないで引っ張った。)「あっ……、」(引っ張られた勢いでカメラは強く地面に衝突し、そのレンズにヒビをいれた。)「ごめ、なさい、……、」【容量2消費、カメラの”SDカードの”状態を3ロル前の、君が彼女に拳銃の使い方を教え、カメラを切るよう指示したところまで戻し、録画を停止します】。(それから。)「と……、あと、えっと、」【容量3消費、録音機器の記憶媒体の状態を3ロル前の、”君が嬉々として自分の殺し方を彼女に伝授し、”カメラを切るよう指示したところまで戻し、録音を停止します。】(そうして。) (彼女はふたたびカーディガンをテーブルに置き直す。君の正面に立ち、その肉塊と対峙した。肉の焦げる匂い、血と体液と、燃えた火薬の微かな残り香。彼女はそっと君の体を抱き締めるでしょう。その身に何か隠されていないかの確認も含め_____、きみの体から失われていくその体温を、感じるために。)「ごめんね、ご、え、ごめんね、まどか、さ、……、たい、ちょ。」(彼女はほろりと滴を零した。その滴はけっして嘘なんかじゃない。だって、)「ばい、ばい。」(人と人との別れには、涙がつきもの。……そう、でしょう。)(彼女は事務棟に電話をかけた。中途半端に記録された記憶媒体を大人しく手渡して、『まどかたいちょうが、生き返らせないでくれと言ったから蘇生しなかった』と、嘘を吐いて。)──『遺言とかは……どうしよう、』──(これは君が吐いた言葉。蘇生を願うつもりなら、遺言など、その最期の飾り付けなど、考えやしない。きっと上層部だって、彼女の言い分を半分くらいは信じる事でしょう。)(彼女は夢を見て、月を見た。確かにそう言って、君を蘇生せず、また裏返らなかった。)(_______彼女は、『青い月の夢を』) (『青い月の夢をみた』とは、言っていない。)