「えっと、あの……ここは……」
支倉百合子 > 15:00——いつもこの時間になるとは白衣のお姉さんが部屋に来て、私の脈を測ったりするんだけど、今日は代わりにサイボーグが二人やってきた。みたいと言ったけど、多分サイボーグそのものだと思う。この施設は何もかもが不自然で、偶に運動の時間はあるけど、その時以外は建物の外にも出られないし、何も悪いことなんてしてないのに、まるで囚人みたいな暮らしを強いられていて。不満だった。
しばらく、5分くらい歩いて、行き着いた先は柵がついた分厚い扉の並ぶ部屋。独房みたいだった。(まさか、この中に入れられるの…?)一人のサイボーグが扉を開けて、もう一人が私の背中を押して、足を踏ん張る私をあっけなく中へ押し込む。「なっ…なんなんですか!?」そう叫ぶも、返ってくる言葉はない。部屋の中央には地面に固定された台座のようなものがあって、その上には、箱。「……なによ」この中身がきっと、私をここに入れた原因だ。目的だ。きっとこの中に、なんで私がここ3日間もこんな暮らしをしなければならなかったのか、その答えがある筈だった。箱を取ると。「ひっ!?」リボルバー式の拳銃。「い……いやっ!いやぁ……」私は膝から崩れ落ちて、震える肩を両手で抑えるしかなくて、だから、廊下から近づいてくる足音なんかには、気がつく訳がなかった。
白雪 > 硬いブーツのヒールの音が、カツン、カツンと響いた。「ご苦労さま、下がっていいわ。」恐らくスズシロ支部長が作ったのであろう”量産型”へ声をかけ、ひらりと片手を動かしながら現れたのは、この度”貴女を使った”研究を実施しよう目論む大悪党。白雪(ツクモ ユキ)、三番小隊隊長であった。「……ふぅん、見た感じは報告書通りのようね。大江楠美に提出させたデータとも合致する。」片手に持ったバインダーの隅、報告書のコピーの上に挟まれた一枚の写真を黒い爪で弾いて、爪先から頭まで、あなたをじっとりとねめつける。「初めまして、支倉百合子さん。”アルマデル”には慣れた?」かと思えば次の瞬間に、不気味なくらい打って変わって、彼女はにっこりと微笑んだ。「私の事は、そうね、ツクモさんでも、隊長でも。他の隊長さんが居らっしゃる時には、白隊長と呼ぶ事。あなたを”蘇らせた”大江楠美さんの直属の上司よ。……死んだ事、覚えてるかしら?」白雪はつかつかと躊躇なく柵の中へと歩みを進める。箱の中に安置されたゴールデン・スランバーを手に取り、それを貴女に向けて引き金を引く。カチッ、と空振りする音がした。「やっぱり、出ないのねえ。カミサマについての説明はもう受けたでしょう?この趣味の悪い銃はゴールデン・スランバーと呼ばれるカミサマです。現在共有されている情報はこの通り、30秒で目を通しなさい。」バインダーから【gol_0991_USA】の情報が書かれた紙を抜き取り、それを貴女に手渡した。「…………よおくお聞き。本来生き返るはずのなかった貴女を、個人的な感情から能力を乱用して生き返らせた大江楠美への対処。……それは私に一任されているの。つまり───────」「あなたはこの研究で有益なデータを出し、この組織の役に立つと証明することができるかどうか。それが、大江楠美の処遇を判断する唯一の材料よ。今の所ね。」白雪はくすりと笑い、ゴールデン・スランバーを台座の上に置き直した。
支倉百合子 >『あなたを”蘇らせた”大江楠美さんの直属の上司よ』
そんなことを自称する、化け物みたいな威圧感を持った人は、金色の銃を私に向け、引き金を。—カチッ
「……ひっ!」
全身がゾワゾワして、口の中、奥歯の方から苦いものが溢れて。 (……この人、まともじゃないっ!) 足が震えて、大事なものが色々と漏れそうになって、無力感だけが全身を支配して、壁にこびりついて、染みになった脳漿を想像する。『この———い銃は——ランバーと呼ばれる—サマで——」心臓が痛いくらい鳴って、頭がぐわんぐわんして、ぼんやりとしか聞き取れない音が、『…………また、会いに来るから』意地の悪い、一番嬉しかった言葉が、あの、良いことなんて何も無かった酒瓶しかない部屋が、まだ優しく微笑んでくれていた頃のお父さんの顔が、遥か何光年も先のことのように思い出させる。『もうあぶない仕事じゃないんだね!』(……嘘つき!また私に嘘をついた!馬鹿みたいな嘘ばっかりついて!一人だけ危ないことばかりして!)「……またこうなっちゃうの」無力感は自尊心を破壊し、破壊された精神は私を放心させた。優しい物腰とは裏腹に狂気じみた威圧感纏う雪女は、そんな役立たずで一番馬鹿な私に、何一つ覚悟できてない、歯を食いしばって涙を流す私に、丁寧にファイルのようなものを手渡して。『お前が役に立たなければ楠美を殺す』そう言った。私は、台座の銃を手に取る。「………わかり…ました…くすみちゃんの為なら」今度は、私が救い出してみせるから。ファイルに記載されている、驚くほど簡潔な概要に目を通して、銃口を、部屋から出ようとする雪女の背中に向けて。「く……くすみちゃんを、こ、これ以上苦しめないでくださいっ!」吐きそうなくらいの恐怖感を抑えて、震える手で、1秒だって持っていたくないものを握りしめて、そう言って。「あ、あなたが決定権をもっているんでしょ!?だったら、今すぐ!ここで処分を決定してください!!」実験結果なんて関係ないっ!全部この人の気分次第なんだっ!そう確信して(.........あぁ……馬鹿だなぁ…私)引き金に指をそえる。
白雪 >『く……くすみちゃんを、こ、これ以上苦しめないでくださいっ!』背中に向けられた勇敢で、豪胆で、果敢で、真面目で、愚直な声を聞く。白雪の背筋は鉄板でも入っているかよようにすっと伸び、白いベールは風にも揺れない。貴女から見えない顔がどうなっているのか、白雪が首だけを回してゆっくりと振り返ってゆくごとに目にする事になるだろう。真っ赤な唇は緩やかな弧を描いていた。「……あらあら………」「楠美がどうされると思ったのかしら……言っておくけど、所詮隊長風情の私に、あの子の生殺与奪権はないわよ。」身体ごと振り返ると、大きなシルエットが揺れた。音もなく近寄る。
「どこかのお馬鹿さんが奴隷階級への降格もあるなんて言ったようだけど、上が許してもそれは組織分裂の不信感に繋がるだけだわ。単に悪手なのよ。……事態を重篤化させたくないのなら銃を下ろしてもらえるかしら?」百合子を軽く見そびやかしながら、黒いネイルの施された長い指を一本ずつ銃身へかける。軽く下に力を入れれば、銃口はななめ下を向くだろう。「楠美はね、望んでこの組織にいるの。」「そのレポートは、彼女が書いたものよ。……協力的だったわ。あなたは無闇矢鱈に騒ぎ立て、それをだめにしてしまうつもりなのねえ?……違うなら、私が手取り足取り、教えてあげるわ。銃を渡して頂戴。」力づくで抵抗されることがなければ、白雪は返事がどうであれそのまま銃を奪い取る気だった。
支倉百合子 > 正論だった。そうだ、私とこの人とでは、まるで癇癪を起こす子供と、それをあやす保母のようだ。生半可なことじゃ、何も変えられやしない。楠美ちゃんが自分の意思でここにいる、今なら許してくれるとか、そんなこと。(信じて…いいの…?)銃口の上には白く、細長い指。このまま引き金を引けば、確実に指に力が加えられるより先に、この人の心臓を破壊することができる。引き金を引くことが、出来るなら。「くっ……うぅ…」駄目だ。ここで止めたら、この人は絶対に今日のことをレポートに書く、そうに決まってる!そうなったら(楠美ちゃんに嫌われるかもしれない)「……ゃ…」思いが口に。「…ごめんなさい!」思いが指の神経に行き渡る。引き金は指圧で限界まで押し込まれた。ハンマーが振り下ろされ、薬室の中の、44マグナム弾の雷管を打ち付ける。薬莢内の無煙火薬は140ジュールのエネルギーを放出し、鉛弾等は目の前の雪女の心臓を粉々にした!—はずだったのに。——カチッ——カチッカチッ実際には、何も起こらなかった。「な、なんでっ!どうして!?」
白雪 > ゴールデンスランバーから、銃弾は出なかった。半ばパニックになっている百合子から銃を奪い返す。銃に残っている百合子の手汗と熱が、生ぬるく伝わった。「……楠美の時も、そうだった。…………人は殺せない可能性が、ないとも言い切れないわね。」ちゃきっ。白雪は両手で百合子に銃口を向ける。躊躇なく引き金を引く。ゴールデンスランバーは、望み通りの結果を弾き出す。破裂音がした。
キィ———————————— ………ン……。耳鳴りがする。リボルバーの音はこんなに大きいものなのか。さすがゴールデンスランバーだ、銃の扱いなど知らぬ素人でも百発百中で命中するのは本当らしい。…これは幻か、それとも現実か。人が死ぬというような決定的な瞬間はスローモーションになって見えるらしいと聞くけれど……飛び散る脳漿、驚いて瞳孔を見開く百合子の表情、赤い血をごくごくと飲んでいく飢えたコンクリート、不快そうに靴を地面に擦り付ける氷の女王様。これは本当に起こった事だろうか、それともほんの、ifのようなものだろうか。——————引き金を引く直前、百合子は何をしただろうか?
支倉百合子 >「あうっ…」雪女が巨体にものを言わせて、私から銃を奪い取って、体幹のない私は地面に尻餅をついた。(このっ…負けるもんかっ!)足腰に喝を入れて、立ち上がる。すぐに銃口を掴んで、奪い取ろうとして、手が、腕が震えてることに気がついた。気がついたから、反応が遅れた。さっきまで、私の手汗まみれになった銃を見て、僅かに考え事をしていた雪女は、こちらに銃口をむけていて。「まっ…まって!」最後に、何かが弾ける音を聞いた気がした。〆